沿革

元号 記事
平成 28 4 1 都立江北高等学校副校長 山田温 十四代校長に就任。
平成 28 3 31 校長 山田芳嗣 勇退
平成 27 4 1 新グラウンド完成 使用開始
平成 25 4 1 新校舎竣工 使用開始
平成 24 12 1 創立50周年記念式典挙行
平成 22 4 1 都立葛飾総合高等学校副校長 山田芳嗣 十三代校長に就任。
平成 22 3 31 校長 藤田正美 都立青井高等学校長として転出。
平成 21 3 7 定時制閉課程記念式典
平成 19 4 1 人事部職員課校長長期研修生 藤田正美 十二代校長に就任。
平成 19 3 31 校長 藤松雄二 勇退
平成 18 4 1 標準服を改訂。部活動推進指定校に指定される。
平成 18 2 23 定時制課程 募集停止
平成 14 12 14 創立40周年記念式典挙行
平成 14 4 1 都立青井高等学校教頭 藤松雄二 十一代校長に就任。
平成 14 3 31 校長 田口政雄 都立千歳丘高等学校長として転出。
平成 11 4 1 都立足立東高等学校教頭 田口政雄 十代校長に就任。
平成 11 3 31 校長 高橋國夫 勇退。
平成 8 4 1 都立足立東高等学校教頭 高橋國夫 九代校長に就任。
平成 8 3 31 校長 斉藤 弘 勇退。
平成 5 4 1 都立白鴎高等学校教頭 斉藤 弘 八代校長に就任。
平成 5 3 31 校長 神田 譲 勇退。
平成 4 11 28 創立30周年記念式典挙行。
平成 2 4 1 都立小笠原高等学校長 神田 譲 七代校長に就任。
平成 2 3 31 校長 元 和臣 勇退。
昭和 62 4 1 都立墨田川高等学校教頭 元 和臣 六代校長に就任。
昭和 62 3 31 校長 池沢正夫 勇退。
昭和 57 12 2 体育館、プール改修及び校舎解体その他工事唆工。
昭和 57 11 2 創立20周年・校舎改築落成記念式挙行。
昭和 57 4 1 都立教育研究所経営研究部長 池沢正夫 五代校長に就任。
昭和 57 3 31 校長 吉野和夫 勇退。
昭和 56 9 29 都立小岩高等学校新校舎改築工事唆工引渡し。
昭和 56 4 1 第1学年、10学級編成。
昭和 54 4 1 都立大崎高等学校教頭 吉野和夫 四代校長に就任。
昭和 54 3 31 校長 塚田義房 都立小石川高等学校長として転出。
昭和 50 4 1 都立南葛飾高等学校長 塚田義房 三代校長に就任。
昭和 50 3 31 校長 木村勇三 都立竹早高等学校校長として転出。
昭和 46 3 31 定時制食堂竣工。
昭和 45 4 1 都立秋川高等学校舎監島 木村勇三 二代校長に就任。
昭和 45 3 31 校長 田城清三郎 勇退。
昭和 45 2 10 プール建設工事竣工。
昭和 44 3 2 第5期改築工事竣工。
昭和 41 3 5 校舎落成祝賀式挙行。
昭和 41 2 15 体育館竣工。
昭和 40 5 3 第3期工事唆工。
昭和 39 3 7 定時制第1回卒業式。卒業生普通科40名、商業科25名、計65名。
昭和 38 12 2 創立1周年記念式挙行。校歌制定。第2期工事唆工祝賀。
昭和 38 11 4 鉄筋校舎3階建第2期工事竣工。
昭和 38 4 16 定時制第1学年普通科、商業科各55名、計110名入学許可。
昭和 38 4 5 校章、校旗、校服を制定。本校教育の目標、教育方針、校内諸規則を制定、運営組織編成完了。
昭和 38 4 1 昭和38年3月31日付 都立江戸川高等学校小岩分校廃止により、全校生徒2年以上226名、本校定時制課程に転入。東京都立小岩高等学校PTA結成。
昭和 38 4 1 入学式、開校式、第1期工事落成式・記念祝賀会を挙行。全日制男女236名、計472名入学許可。
昭和 38 3 31 校地造成工事および鉄筋校舎3階建第1期工事竣工。
昭和 38 3 1 全日制入学者選抜学力検査を江戸川区松江第三中学校において実施。
昭和 37 12 5 第1学年生徒募集。定員全日制普通科男女各225名、計450名、9学級編成。定時制男女を問わず普通科、商業科各50名、2学級編成。
昭和 37 12 1 東京都立小岩高等学校を江戸川区本一色町327番地に設置。都立両国高等学校教頭田城清三郎初代校長に就任。昭和37年2月1日 敷地28,627平方メートルの造成工事に着工。同年6月17日 鉄筋校舎延3,642平方メートルの新築工事に着工。第1期工事施工中、都立江戸川高等学校内に開設事務所を設置。
〒133-0044 東京都江戸川区本一色3丁目10番1号
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